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人類で進化し、多様性が維持されている精神的個性に関わる

遺伝子を特定

ヒトの精神疾患および精神的個性に関わる遺伝子

現代人の5人に1人は、一生の間に何らかの精神疾患を発症するといわれており、その原因解明および治療は、精神医学や神経科学における中心的課題の一つです。また、精神疾患は遺伝率が高く、しばしば生物学的な適応度(生存や繁殖)に大きな影響を与える可能性があるにも関わらず、ヒトの集団中に頻繁に見られることから「進化的なパラドクス」と捉えられることもあり、その進化機構の解明は進化学的にも重要な研究課題です。さらに、統合失調症や自閉症などの精神疾患は、社会行動や認知機能など、ヒトを特徴づけるような高次脳機能の障害を示すことから、人類の高次脳機能の進化の副産物として精神・神経疾患が生まれたのではないかという仮説があり、精神疾患関連遺伝子は人類の脳の進化において重要な役割を果たしたと考えられます。

ヒトの多様な個性は進化の産物か?  

一方で、精神疾患という表現型は私たちが持つ「個性」の一部として捉えることもできます。実際、近年行われた研究の多くが、精神疾患と精神的個性の遺伝的背景にはかなりの重なりがあることを見出しています(Lo et al., 2017; The Brainstorm Consortium, 2018など)。過去の理論研究は、こうした個性にかかわる遺伝的変異は積極的に維持されうると提唱していますが、実際に精神疾患および精神的個性に関わる遺伝的変異が自然選択によって積極的に維持されていることを明確に示す遺伝的証拠はこれまで報告されていませんでした。

ヒト特異的に進化した精神疾患関連遺伝子 

本研究では、精神疾患の関連遺伝子に着目し、哺乳類15種のゲノム配列を用いて、人類の進化過程で加速的に進化した遺伝子を検出しました。また、約2500人分の現代人の遺伝的多型データを用いて、集団中で積極的に維持されている遺伝的変異の特定を試みました。その結果、3つの遺伝子(CLSTN2FAT1SLC18A1)が人類の進化過程で自然選択を受けて加速的に進化してきたことを見出しました。中でも、SLC18A1遺伝子には130番目と136番目の座位に2つのヒト特異的なアミノ酸置換が存在し、特に136番目のアミノ酸座位は、ヒト以外の哺乳類は全てアスパラギン(Asn)でしたが、ヒトにはスレオニン(Thr)とイソロイシン(Ile)という2つの型がありました。そして、Thr型とIle型はヒト集団中に約3:1の割合で存在していることが明らかになりました(図1)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                 図1. 世界各地の集団におけるSLC18A1遺伝子多型(Thr136Ile)の頻度 

SLC18A1遺伝子の遺伝的多型と精神傾向 

SLC18A1遺伝子は小胞モノアミントランスポーター1(Vesicular Monoamine Transporter 1: VMAT1)をコードしており、神経や分泌細胞において分泌小胞にモノアミン神経伝達物質を運搬する役割を果たしています(図2a)。上記二つのアミノ酸置換が生じた座位は、タンパク質の機能制御に関わるドメインに属していることから、神経伝達物質の運搬に影響を与える可能性が高いと推測されます(図2b)。実際、Thr型とIle型の違いがタンパク質の機能やヒトの精神に与える影響についてはいくつかの先行研究(Lohoff et al., 2008; Khalifa et al., 2012; Lohoff et al., 2014; Vaht et al., 2016など)があり、Thr型の方が小胞への神経伝達物質の取り込み効率が低いほか、うつや不安症傾向、精神的個性の一つである神経質傾向はThr型の方が強いことが示されています。また、Thr型は双極性障害や統合失調症などとの関連が指摘されています。これらをふまえると、人類の進化過程でSLC18A1遺伝子に生じた遺伝的変化は、ヒトの精神機能に実際に影響を与えた可能性があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2. (a) SLC18A1(VMAT1)はモノアミン神経伝達物質を分泌小胞に取り込む。(b) 自然選択によって2つのアミノ酸置換がループドメインに生じたこと、またこれらのアミノ酸置換がSLC18A1の機能に影響を与えた可能性が推測された。

SLC18A1遺伝子の進化過程を解明 

一方で、Thr型とIle型はどちらが先に出現したのか、また、なぜうつや不安傾向などに関わる遺伝的変異が集団中に高頻度で存在するのかなど、その進化機構は不明でした。そこで本研究ではさらに、シミュレーション解析を交え、Thr型とIle型の進化プロセスの解明、およびこの多型に働く自然選択の検出を試みました。その結果、ネアンデルタール人など古人類の時点で既にThr型は存在していること、Ile型は人類が出アフリカを果たした前後で出現し(図3a)、有利に働く自然選択を受け頻度を増加させていったこと、一方で、アフリカの集団では、Ile型の頻度は低く、自然選択を受け始めてから十分な時間が経っていない可能性が示されました。また、ヨーロッパやアジアの集団では、この多型座位の付近で有意に遺伝的多様性が増加しており、多型を積極的に維持する平衡選択が働いていることが明らかとなりました(図3b)。つまり、不安傾向や神経質傾向などをより強く示すThr型は、チンパンジーとの共通祖先から人類の進化の過程で、何らかの有利な影響を与えていたと考えられます。その後、ヒトがアフリカ大陸を出て、ヨーロッパやアジアなどに広がった際に、抗うつ・抗不安傾向を示すIle型が、自然選択を受け有利に進化したことが推測されます。しかし、Ile型とThr型は、どちらか一方に完全に置き換わることなく、両方の遺伝子が積極的に維持されるような自然選択が働いていると考えられます(図3c)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3. (a) コアレセントシミュレーションによってIle型が約10万年前に起源したことが明らかとなった。(b) アフリカ以外の集団において、平衡選択の指標であるTajima's Dが多型座位付近で高くなっていることが分かった。(c) 人類の進化過程において、最初はThr型に対して自然選択がかかっていたが、人類の出アフリカと前後してIle型が出現して以降、両者は平衡選択によって積極的に維持されている可能性がある。

まとめ  

本研究は、ヒトの精神的特性がその進化過程で強い自然選択を受けてきたことを示すとともに、こころの多様性に関わる遺伝的変異が自然選択によって積極的に維持されていることを集団遺伝学の手法により初めて示したものです。私たちの「十人十色」なあり方には、進化的な意義があるのかもしれません。本研究は、ヒトの精神的個性の違いや、うつ症状・不安症をはじめとする精神疾患の進化学的意義を明らかにするもので、精神疾患を含めた多様な個性の捉え方や社会的意義を考える上で、大きな示唆を提示するものと思われます。

この研究は以下からみられます。 

Sato, D. X. and M. Kawata (2018) Positive and balancing selection on SLC18A1 gene associated with psychiatric disorders and human-unique personality traits.  Evolution Letters, 2:499–510, [Open Access][Editors' blog] 

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