侵略的外来種が新規環境での適応に必要な遺伝的基盤
外来種は多くの場合、侵入した少数の個体が新たな生息地で定着し、新しい環境に適応していく必要があります。外来種は侵入時の個体数が少ないため、進化に必要な遺伝的変異が欠如していると考えられ、新たな環境に適応することが困難だと思われます(侵入の遺伝的パラドクスを参照)。いくつかの研究では、複数回の侵入による遺伝的変異の増大が移入先での定着・適応に重要だと指摘されています。また、私たちの研究では、侵入種は移入時点の少ない遺伝的多様性の中から進化的適応をしています(小笠原グリーンアノールの例)。
私たちは、侵略的外来種は,新規環境で定着・拡大できる適応力をもっており、それはその種のもつゲノム構造に起因するのではないかと考えました。たとえば、外来種となっているザリガニであるミステリークレーフィッシュは単為生殖で増えるので集団中の遺伝的多様性はほとんどありません。しかし、一個体のゲノム中のヘテロ接合の頻度が高いことをが示され(Gutekunst et al. 2018)、個体ゲノム内の多様性が適応力に起因している可能性があります。
ゲノム内重複遺伝子率と適応力
私たちは、これまでショウジョウバエ、哺乳類においてのゲノム情報既知種に着目して遺伝子重複数と生息環境多様性の関係を調べ、重複遺伝子を多く持つ種ほど生息環境が多様であることを示してきました。これらの研究から、侵略的外来種のゲノム内の重複遺伝子含有率は高いのではないかと予測しました。生物が進化的適応に必要な遺伝的変異の量には、集団中に維持されている変異(Standing Genetic Variation)の量とある環境や条件で変異を創出し、供給する機構が関与していると考えられます。ゲノム内の重複遺伝子の含有率が大きいほど、潜在的に遺伝的変異を供給できるのではないかと考えられます。
また、最近の研究では、種が保持する遺伝的多様性は、個体数とは強く相関せず、propagule size (散布体サイズ)と負の相関を示すことが示され、生活史戦略とゲノム内のlinked selection(自然選択によって変異が除去される機構)が影響することが指摘されています(Romiguier et al. 2014;Ellegren and Galtier 2016)。そこで、私たちは、ゲノム中の重複遺伝子含有率とpropagule size (散布体サイズ:生物が分布を拡大する際の子孫の大きさ。親離れする際の子供の大きさ)が侵略性に及ぼす影響を調べました。
侵略外来種のゲノム内重複遺伝子率・Propague size
ゲノム配列が既知である34の動物を侵略的外来種(9種)と普通種(25種)の2グループに分類し、ゲノム中の重複遺伝子含有率を比較しました。予想に反して、2グループ間で重複遺伝子含有率に違いは観察されませんでした。ここで、今回用いた生物の情報を精査したところ、重複遺伝子含有率は生物の散布体サイズと負の相関があることを発見しました(図1)。そこで、散布体サイズを考慮した上で、重複遺伝子含有率を比較すると、侵略的外来種は、普通種よりも重複遺伝子含有率が高いことが明らかになりました(図2)。この結果は、ゲノム中の重複遺伝子の多さが、新規環境での適応能力の高さに関与することを示しています。
ゲノム中の重複遺伝子含有率(重複遺伝子率)と散布体サイズに負の相関からみられることから、重複遺伝子率が高くなるほど、遺伝的変異が大きくなることが考えられます。さらに、重複遺伝子率が高く、散布体サイズが大きいほど、侵略性に必要な適応力が備わっていることが示唆されます。また、この結果は、侵略的外来種の指定や絶滅危惧種の選定の指標に利用できる可能性を示しており、全く新しいアプローチによる科学的な生態系保全の推進が期待できます。
この研究は以下からみられます。
Makino, T., and M. Kawata (2019) Invasive invertebrates associated with highly duplicated gene content. Molecular Ecology [Abstract]
図2. 重複遺伝子含有率と散布体サイズの回帰直線の残差と侵略性との関係。
図1. 重複遺伝子含有率、散布体サイズ、生物分類(侵略的外来種/普通種)の関係。重複遺伝子含有率と散布体サイズには強い負の相関が観察されました。侵略的外来種(赤)は図中右上に偏って分布しており、同程度の散布体サイズの生物種の中で比較すると、侵略的外来種の重複遺伝子含有率が高いことが分かりました。