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グッピーの雄の体色の多様性と雌の選好性の変異 

グッピー(Poecillia reticulata)は、グッピーは、オスのみが派手で複雑な体色パターンをもち(図1)、メスは交配相手のオスを選ぶ際に、オスの体色パターンに対して特定の好みを示すことが明らかになっています。また、オスの体色パターンやそれに対するメスの好みには、種内で多様性があることが知られています。さらに興味深いことに、グッピーにおいては色の見え方(色覚)にも個体差があることが知られています。これらのことから、色覚の違いがオスの体色に対するメスの好みに影響を与え、色覚とメスの好み、さらにオスの体色の多様性が互いに関わり合って進化してきた可能性が指摘されています。しかしながら、どのような遺伝的メカニズムによって色覚の違いが生じているのか、また色覚の違いが実際にメスの好みに影響を与えるのかは実証されておらず、色覚とメスの好みの関係性に関しては仮説の域を出ていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1. グッピーの雄(上3匹)と雌(下)。佐藤綾氏提供

 

グッピーの色覚とオプシン遺伝子

 生物が色を知覚できるのは、視細胞に蓄えられている視物質が異なる光(光波長)を感受するためです。視物質は、オプシンタンパクとレチナール(ビタミンA)からなり、オプシンタンパクのアミノ酸の配列の違いによって異なる波長の光に反応します。ヒトでは、3つのオプシンによって色を感受しますが、グッピには、9つのオプシンがあります。短波長を感じるSWS(SWS1[紫外線感受], SWS2-A, SWS2-B)、中波長を感じる(RH2-1, RH2-2),長波長を感じるLWS(LWS-1, LWS-2,LWS-3,LWS-4)と薄暗いところで感じる桿体(RH1)をもっています。このうち、LWS-1には、LWS-1(Ala)とLWS-1(Ser)(LWS-1の180番目のアミノ酸がAlaかSerかによる違い)という2つの対立遺伝子が集団中に維持され、それぞれ吸収波長が9nmほど違っています。
詳しくは[グッピー色覚・オプシン・発現]参照

オプシン遺伝子発現量の変異 

異なるLWS-1遺伝子型(180Ala/Ser)の違いと成育時の光環境の違いが、オプシン遺伝子発現量にどう影響するかを調べました。さらに、オプシン発現量の違いが、特定の色の光(特定の光波長)に対する個体の感受性、さらに、オスのオレンジ色に対するメスの反応にどう影響するかを調べました。その結果、LWS-およびLWS-の近傍に存在する2つのオプシン遺伝子(LWS-2, SWS2-B)の発現量が、異なるLWS-1遺伝子型をもつ個体の間で異なることが明らかとなりました(図2)。このことは、LWS-1の遺伝的変異と複数の遺伝子を調節する領域の変異が連鎖し、近傍の複数のオプシン遺伝子の発現量の変化を引き起こしている可能性を示しています。また、生育時の光環境の違いも複数のオプシン遺伝子の発現量に影響することが示され、遺伝的な変異と光環境による可塑性の双方が、多様なオプシン遺伝子発現量を生じさせていることが明らかとなりました(図2)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2. 異なる光環境とLWS-1遺伝子型の違い(180Ser/180Serと180Ala/180Ala)が9つのオプシン発現量へ与える影響

オプシン遺伝子発現量の変異が光感受性に与える効果 

オプシン遺伝子発現量の変化が、実際に個体の行動レベルで光の知覚に関わることを示すため、オプトモーター反応を用いた行動実験によって、特定の波長に対する個体の光感受性を測定しました。その結果、LWS-1の発現量が高い個体ほど緑やオレンジの単一波長光に対して高い感受性を示すことが明らかとなりました(図3)。この結果は、オプシン遺伝子発現量が異なる個体の間では、実際に色の濃淡や色彩が異なって見える可能性があることを示しています.

 

図3. LWS-1発現量が光感受性に与える影響

オプシン遺伝子発現量の変異が雄の体色への雌の反応への影響  

画像処理によって体表面のオレンジ色のみを改変した同一オスのビデオ画像を用いて、オレンジ色に対するメスの反応性を測定しました。ビデオ画像上のオスは、画像処理ソフトウェアを用いてオレンジ色の面積および彩度が大きくまたは小さくなるように改変し、それぞれ派手オレンジ(High orange: HO)オス、低オレンジ(Low orange: LO)オスとしました。まずは、色覚モデルを用いて、HOおよびLOオスがグッピーのメスによってどのように知覚されるのかを推定しました(図4)。その結果、HOオスの方がLOオスよりもグッピーのメスにとっては輝度(色の明るさ)と彩度(色の鮮やかさ)ともに高いと感じられることが分かりました。さらにHOオスとLOオスの画像をメスに提示して行動を観察したところ、複数のオプシン遺伝子(LWS-1, LWS-3, SWS2-AおよびSWS2-B)の発現量が高いほど、HOオスのそばにいる時間が長いことが明らかになりました。一方、LOオスのそばにいる時間に対してオプシン遺伝子発現量の効果は検出されませんでした。この結果は、高い輝度および彩度のオレンジ色をもつオスに対するメスの好みがオプシン遺伝子発現量によって影響を受けることを示しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図4.雄のオレンジスポットの大きさの違い(明度)への選好性実験

 

本研究では、遺伝的変異(調節領域の変異)と生育時の光環境の影響を受けて多様化した光受容体タンパク質オプシンの遺伝子発現量が、色覚の多様性さらには体色に対するメスの好みの多様性を生み出すことを行動レベルで実証しました。環境と遺伝子の相互作用が、オプシン発現量の変異を維持し、それが雌の好みの多様性の維持に寄与している可能性が考えられます。また、LWS-1の上流にある制御領域が複数のオプシン遺伝子の発現量を制御していることは、知られていましたが、発現量の制御が遺伝子型特異的なエピジェネティックな効果によって行われている可能性を示唆しています。

この研究は以下からみられます。  

Sakai, Y., S. Kawamura, and M. Kawata (2018) Genetic and plastic variation in opsin gene expression, light sensitivity, and female response to visual signals in the guppy. Proceedings of the National Academy of Sciences of USA 115 : 12247-12252 [Open Access]

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