top of page

小笠原へ侵入した侵略的外来種グリーンアノールが50年間で少数個体から適応進化したことをゲノムから推定  

侵入の遺伝的パラドクス
 侵略的外来種であり、外来生物法で特定外来生物に指定されているトカゲ、グリーンアノール(図1)は、1960年代に小笠原諸島の父島に侵入し、潜伏期間の後に急速に個体数を増やしました。グリーンアノールの増加により、小笠原固有の昆虫などが捕食され、絶滅の危機に陥っています。この影響により、世界自然遺産からの登録取消しも危惧されるほど、大きな問題となっています。
 外来種は多くの場合、侵入した少数の個体が新たな生息地で定着し、新しい環境に適応していく必要があります。外来種は侵入時の個体数が少ないため、進化に必要な遺伝的変異が欠如していると考えられ、新たな環境に適応することが困難だと思われます。しかし、それにもかかわらず、多くの侵略的外来種は侵入後の環境で適応進化し、分布を拡大していることが知られています。そのため、なぜ遺伝的変異が欠如している少数の個体から適応進化できるのかという問題は、「侵入の遺伝的パラドクス」として、未解決となっています。このパラドクスの解決は、なぜ少数個体から生物は急速に進化出来るのか、という進化学上の問題の解決だけでなく、適応進化による侵入種の拡大を防ぐ対策を講じる上でも重要です。  本研究では、生物の進化のポテンシャルを小笠原諸島と移入元のグリーンアノールのゲノム配列を用いて、過去の個体数や遺伝的変異の量を推定しました。また、どのような遺伝子が侵入後に自然選択により進化したかを推定することで、この問題の解決を試みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

図1. グリーンアノール。写真は小笠原母島で撮影(撮影:森英章)

ゲノム配列から推定した移入時の個体数と侵入後自然選択によって頻度を増加させた遺伝子
 私たちは、小笠原諸島の父島および母島、移入元のフロリダからそれぞれ8個体、合計で24個体のゲノム配列を解読し、得られたゲノム配列を用いて、50年前に移入した時点の個体数(有効集団サイズ[注1])を推定しました。その結果、約14個体(最大でも50個体)という結果が得られました。現在の小笠原集団の遺伝的変異の量は、フロリダの集団の約半分ほどでした。小笠原に最初に移入したトカゲの個体数は少なかったと考えられますが、複数の別々の集団の異なる遺伝的系統をもつ個体が混合した傾向が観察され、個体数から予想される遺伝的変異より大きかったと考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2.ゲノム配列から推定した移入時と現在の有効集団サイズ[注1

 

さらに、小笠原諸島に移入後、自然選択により頻度を変化させた遺伝子の検出を試みました。小笠原諸島の集団のみで自然選択が検出された遺伝子のうち、移入元のフロリダの集団と比べて、遺伝子頻度が有意に異なる遺伝子を候補遺伝子としました。5つの遺伝子が複数の推定方法すべてで検出されました。そのうち2つは筋肉の発生や収縮に関わる遺伝子(nebl, gadl1)で、他の2つは食物代謝に関する遺伝子(ntn1, pik3cb)でした。

形態と食性の変化
 小笠原諸島の個体と北米フロリダの個体の形態を比べてみると、小笠原の個体で後肢が長くなっていました。アノールトカゲの後肢の長さは、生息する樹木の部位などの生息場所と関係していると言われており、後肢が長いほど太い幹や平らな場所での移動能力が優れていることが示されています。これらのことから、小笠原では、移入元よりも樹木の下部や地面での活動が増加し、餌の種類も変化したことが予想されます。筋肉の発生に関する遺伝子は、後肢の伸長や運動能力の変化に関連し、食物代謝に関する遺伝子は食物の変化による代謝の変化に対応して進化したものと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3. 小笠原と北米のアノールトカゲの後肢長

 本研究は、ゲノム配列を用いて侵略的外来種の進化を示した初めての研究で、移入時点の個体数が小さくても50個体以下相当分の遺伝的変異があれば、新たな環境への適応進化が生じることが可能なことを示しました。近年、小笠原諸島の兄島に新たにグリーンアノールが侵入しました。早期に対策を開始したことにより、まだ顕著な影響が出るほど増加していませんが、今後、兄島の環境に適応進化し、個体数を増加させる可能性があり、現時点での駆除対策を成功させることが重要だと思われます。  また、今回の研究成果を踏まえれば、侵略的外来種になる可能性のある生物は、侵入時にたとえ少数の個体であっても、個体数と分布を拡大し、固有の生態系への脅威となる恐れが無視できません。この研究は移入初期段階での駆除対策を強化し、成功させることの重要性も示唆しています。

注1 有効集団サイズ: ランダム交配をしているなど理想的状態での個体数。実際の集団は理想的な状態ではないため、有効集団サイズは実際の個体数より小さい。

この研究は以下からみられます。  

Tamate, S, W. M. Iwasaki., K. L. Krysko, B. J. Camposano, H. Mori., R. Funayama., K. Nakayama., T. Makino and M. Kawata. (2017) Inferring evolutionary responses of Anolis carolinensis introduced into the Ogasawara archipelago using whole genome sequence data. Scientific Reports, 7: 18008 [Open Access]

bottom of page