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グッピーの視物質の吸収波長 The wavelengths of maximal absorbance of the reconstituted photopigments in guppies 

グッピー(Poecillia reticulata)は、雄の体色(婚姻色)が個体によって多様で、雌が特定の色スポット(たとえばオレンジスポット)を好むことが知られています。また、雌がどのような雄を交配相手として選好するかも、個体によって違いがあることが知られています。しかし、なぜ、雄の体色は個体によって顕著に異なるのか、また、雌の選好性にも変異があるのかは、まだ解明されていません。

 グッピーでは、網膜に直接光ビームを当てて、どのような光波長が見えているかを調べる方法(顕微分光法, MSP)で、個体の間に、色覚に多様性があることが1990年代から知られていました(Archer et al. 1987;Archer adn Lythgoe, 1990)。この色覚の多様性が雌の雄に対する選好性と関係しているのではないか、という考えがEndler(1992)によって示唆されていました。

 生物が色を知覚できるのは、視細胞に蓄えられている視物質が異なる光(光波長)を感受するためです。視物質は、オプシンタンパクとレチナール(ビタミンA)からなり、オプシンタンパクのアミノ酸の配列の違いによって異なる波長の光に反応します。ヒトでは、3つのオプシンによって色を感受しますが、グッピには、9つのオプシンがあります。短波長を感じるSWS(SWS1[紫外線感受], SWS2-A, SWS2-B)、中波長を感じる(RH2-1, RH2-2),長波長を感じるLWS(LWS-1, LWS-2,LWS-3,LWS-4)と薄暗いところで感じる桿体(RH1)をもっています

 これら視物質は、錐体とよばれる視細胞にあり、光と反応した刺激を脳に伝えます。これまで、グッピーでは、視細胞の吸収波長をMSP法で計ることによって、調べられていました(Watson et al. 2011)が、視物質自体の吸収波長はわかっていませんでした。今回、共同研究をしている東京大学の河村正二教授ら(Kawamura et al.2016)は、遺伝子を転写したRNAから、実験室で視物質を再構成して、各視物質の吸収波長を測定しました(図1)。図1のCone cell (absorbance by MSP)というところが、これまでMSPで計った視細胞の吸収波長です。図1のOpsin (Absorbance)というところが、視物質を再構成して計った吸収波長です。今回、特に明らかになった重要な点は、LWS-1(Ala)とLWS-1(Ser)(LWS-1の180番目のアミノ酸がAlaかSerかによる違い)という2つの対立遺伝子間で吸収波長が9nmほど違っているといたという点、これまでのMSPで計られた視細胞の吸収波長とオプシンとの関係が示された点です。また、MSPによる錐体細胞の吸収波長の比較から、LWS-3とLWS-1は、Green-Yellowの錐体細胞で共発現している可能性が指摘できました。LWS-1(Ala)とLWS-1(Ser)に関しては、われわれの研究で、光環境によって異なる自然選択を受けていることが明らかになっています(Tezuka et al. 2014)


 さらに、これまで(Rennison et al. 2011)の研究で、LWSは網膜全体に発現しているのに対し、SWS,RHは網膜の背側で発現していることが示されていました。今回の結果は、Geenn細胞に関して、LWS-2は腹側でうすく発現しているのに対し、RH2-1は背側で発現しているのではないかと推測されました(図2)。これまでの研究では、LWS-4の吸収波長を調べることはまだ、成功していません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

図1. グッピーの錐体細胞の吸収波長(Cone cell)と視物質の吸収波長(Opsin). Absorbance of wavelength of lights by cone cells and the wavelengths of maximal absorbance of the reconstituted photopigments in guppies, Poecillia reticulata [Kawamura et al. 2016]


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2. グッピー網膜でのオプシン遺伝子の発現部位。Rennison et al. 2011, Ohya unpublished

この研究は以下からみられます  

Kawamura, S, Kasagi, S., Kasai, D., Tezuka, A., Shoji, A., Takahashi, A., Imai, H., Kawata, M (2016) Spectral sensitivity of guppy visual pigments reconstituted in vitro to resolve association of opsins with cone cell types.  Vision Research, 127:67-73 [Open access] [Presentation Slide]

 

光環境によるグッピーのオプシン発現変化と光感受性の変化  


 上の研究からも、グッピーの個体間で色覚が異なる原因は、「(1) LWS-1の2つの対立遺伝子による吸収波長の違い」と「(2) 各オプシン遺伝子の発現量の違い」に起因すると考えらます。(1)に関しては、われわれの研究(グッピーのオプシン多型進化)から、トリニダッドでこの2つのLWS-1の対立遺伝子には、地域によって異なる選択を受けていることが示されました。(2)に関しては、捕食者の多い場所では、LWSの発現量が少ないことが示されています(Sandkam et al. 2015) 。しかし、その発現量の違いが、遺伝的なものか環境による可塑的な変化によるものか明らかでありません。さらに、発現量が変化することで、色覚も変化するのかは確かめられていません。

そこで、グッピーの産まれたばかりの稚魚を2つの異なる光環境(GreenとOrange)で成魚になるまで飼育しました(図3). LWSが受けると光量が2つの光環境の違いによって異なります(図3)。成魚になったあと、眼からRNAを抽出して、オプシン遺伝子の発現量を調べました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図3.グッピーをGreenとOrangeの光環境で飼育。Green光環境は、左下図のようにGreenは550-630nmの光波長、Orangeは600-800nmの光環境として設定した。右下図では、二つの光環境で、どのくらいの光量を各オプシンが吸収するかを示した。


その結果、Orangeの光環境で育ったグッピーは、Greenの光環境で育ったグッピーより、LWS-1とLWS-3の発現量が増加しました(図4)。また、特定の光波長の感受性を調べるためにオプトモータ-実験という行動実験を行いました(図5)。その結果、600nmの波長の光に対して、Orangeの光環境で育ったグッピ-の方が感受性が高いということがわかりました(図5)。これは、LWS-1の発現量が増大し、600nmの光をより感受したためだと考えられます。上の研究で、LWS-1とLWS-3は共発現しているので、LWS-1とLWS-3は同時にオレンジ光環境で発現量が増大したと考えられます。この研究で、オプシンの発現量は、成長時の光環境で変化すること、また、発現量の変化は光感受性の違いを引き起こすことが示されました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図4. GeenとOrangeの光環境で育ったグッピーの各オプシンの発現量。緑がGeen光環境でオレンジがOrange光環境

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図5.オプトモータ-実験による行動的な光感受性。左図は、オプトモータ-実験装置、上から短波長の光源をあてたとき、その波長を知覚していると、グッピーは、筒の回転に合わせて泳ぐ。右図は、その結果、600nmの波長のとき、Orange光環境で育ったグッピーの感受性が高くなった

 

この研究は以下からみられます。  

  • Sakai, Y., H. Ohtuki, S. Kasagi, S. Kawamura and M. Kawata (2016) Effects of light environment during growth on the expression of cone opsin genes and behavioral spectral sensitivities in guppies (Poecilia reticulata).  BMC Evolutionary Biology, 16:106 [Open access]

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