top of page

哺乳類においてSSD重複遺伝子(Small-Scale Duplicate Gene)が生息地多様性と関係する

ゲノム内の遺伝子重複率と生息環境多様性との関係を哺乳類で検証する  

生物は様々な環境に生息していますが、生息分布域は種によって大きく異なります。例えば、同じ霊長類であっても種によって生息範囲や生息環境が大きく異なっています。生息分布域の決定には温度や湿度といった環境要因や海や山といった地理的障害の他に、遺伝的な要因も重要だと考えられていますが、その詳細は分かっていません。  遺伝子は我々のからだの設計図で、遺伝子機能を壊すようなが突然変異が生じると病気になってしまいます。一方で、スペアの遺伝子を持つ重複遺伝子は、機能を低下させることなく突然変異を蓄積することができます。突然変異を蓄積していくと希に新しい遺伝子機能が生じることもありますので、遺伝的な多様性(遺伝的変異)を高めることは、遺伝子機能の多様性を高めることに繋がります。
 我々は先行研究においてショウジョウバエ属のゲノム情報既知種に着目して遺伝子重複数と生息環境多様性の関係を調べ、重複遺伝子を多く持つ種ほど生息環境が多様であることを発見しました(ショウジョウバエでの遺伝子重複率と生息環境多様性)。しかしながら、同様の傾向が他の生物種でも観察されるかは不明でした。そこで、重複遺伝子と生息環境多様性の相関の一般性を調査するため、ゲノム情報が解読された種が豊富な哺乳類に着目して研究を行いました。
 また、哺乳類はショウジョウバエと異なり5億年前に全ゲノム重複を経験しており、ショウジョウバエには存在しない特殊な重複遺伝子(オオノログ)をゲノム上に保持しています。オオノログは脳神経系などで特異的に機能する傾向が強いのに対して、小規模の重複(small-scale duplication, SSD)で生じたSSD遺伝子は環境刺激に対する応答などに関る傾向があり、2種類の重複遺伝子間で性質が異なる事が分かっています。そこで、重複遺伝子をオオノログとSSD遺伝子に区別し、生息環境多様性との関係に相違があるかを調査しました。

【方法】全ゲノム配列が既知のサル・ネズミ・ウサギ目(真主齧上目)16種の生息分布情報を文献から取得し、その 生息分布域の環境多様性をWORLDCLIMの気候データを用いて推定しました。また、上述のサル・ネズミ・ウサギ 目16種の全遺伝子配列をデータベースより取得し、遺伝子間の配列の類似性に基づいて重複遺伝子を同定しまし た。その後、全遺伝子の中に含まれる重複遺伝子の割合を求めました。さらに、全ゲノム情報が既知の他の哺乳類 14種(ゾウやアルマジロなど)を追加して生息環境多様性の推定と重複遺伝子の同定を行い、同様な傾向があるか調 査しました

サル・ネズミ・ウサギ目16種の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係  

サル・ネズミ・ウサギ目16種の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係を調べたところ、正の相関があることが分かりました。このことは重複遺伝子が生息環境の決定に強く寄与していることを示しています。近縁種(系統的に似ている種)は、同じような性質を持つ事が知られているため、系統間の距離の影響を排除した上で生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係も調べました。その結果、系統的制約排除後も同様な結果が得られました(図1A)。また、重複遺伝子の割合の種間差は、新たな重複による重複遺伝子の増加ではなく、生息環境多様性の低い種で重複遺伝子が消失しているためだということも分かりました(図1B)。このことは、多様性の低い環境へ生息域がシフトした種では、遺伝子にかかる選択圧が変化して重複遺伝子を維持できなくなることを示しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1. サル・ネズミ・ウサギ目の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係 (A) サル・ネズミ・ウサギ目の種において生息環境多様性と重複遺伝子の割合には正の相関が観察され、重複遺伝子を多く持つ動物ほど様々な環境に生息している。(B) 生息環境多様性が低い種ほど多くの重複遺伝子を消失している傾向がある。


 

サル・ネズミ・ウサギ目以外の哺乳類では  

 さらに、サル・ネズミ・ウサギ目以外の哺乳類で全ゲノム情報既知種のデータを追加し、生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係を調べました。その結果、哺乳類全体では生息環境多様性と重複遺伝子の割合には相関がないことが示されました。一方で、調査対象をそれぞれの分類群に限定すると重複遺伝子の割合が高い種ほど生息環境多様性が高いことが示されました(図2)。遠縁種間では生息環境多様性と重複遺伝子の割合に相関が観察されないことから、数億年に渡る長い哺乳類の進化過程において上述の相関は消失したことを示唆しています。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図2. 哺乳類の同一分類群内における生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係 サル目(オレンジ色)、ネズミ目(緑色)、ウサギ目(水色)、アフリカ獣上目(ピンク色)、翼手目(灰色)、ハリネズミ目(黄緑色)、アリクイ目(青色)のぞれぞれの分類群内において、重複遺伝子を多く持つ種ほど生息環境多様性が高い傾向が見られた(写真:ensembl.org)。

 

多様な生息環境に生息できるかどうかは、オオノログではなくSSD遺伝子が寄与  

 また、重複遺伝子をオオノログとSSD遺伝子に分類したとき、SSD遺伝子の割合の方が、重複遺伝子全体の割合よりも生息環境多様性と高い相関を示すことが分かりました。また、ゲノム中のオオノログ単独での割合は、生息環境多様性と相関がありませんでした。このことからもオオノログは特殊な遺伝子群であり、環境変化に対する適応には寄与しないことが示唆されました。

【"今後の展望"】
上記結果は、「重複遺伝子をゲノム中にどの程度もつのか」という種の遺伝的構造が、多様な生息環境への適応能力と関係していることをショウジョウバエに続き哺乳類においても見出しました(表1)。これにより、重複遺伝子と生息環境多様性の相関が特定の種だけでなく生物全般にも言える可能性が示されました。これまでは、どのような生物種が環境の変化に弱いのかを事前に知ることは困難でしたが、今後、哺乳類以外の動物や植物においても同様な結果が得られれば、重複遺伝子は生物が持つ適応能力を知る重要な指標となるでしょう。ただし、動物では脊椎動物のみが持つ特殊な重複遺伝子群オオノログが存在することから、脊椎動物の環境適応力を推定する際には重複遺伝子からオオノログを除く必要があるでしょう。今後、重複遺伝子を調べることで種の環境変化に対する弱さ(脆弱性)や強さ(侵略性)を測ることが可能になれば、全く新しいアプローチによる外来種問題や生物保全への取り組みが期待できます(表1)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表1. まとめ 

 

遺伝子重複】 1つの遺伝子がコピーされて2つの遺伝子になることを遺伝子の重複といい、重複してできた遺伝子 を重複遺伝子と呼びます。遺伝子の重複は頻繁に起きていて、例えばヒトの全遺伝子の70%以上が重複遺伝子です。 重複により全く同じ機能を持った二つの重複遺伝子ができるため、片方の重複遺伝子の機能が消失したり低下した りしても生命活動には支障をきたしません。通常、遺伝子の機能を壊すような突然変異が生じると病気になってし まいますが、スペアのある重複遺伝子は低リスクで突然変異を貯めることができるのです。また、突然変異は希に 新しい機能を持った遺伝子を生み出しますが、突然変異を貯める事ができる重複遺伝子ではその確率が高くなりま す。このように遺伝子重複は、遺伝的多様性(遺伝的変異)を高め、新しい機能を作りだすなど生物の進化に重要な役 割を果たしていると考えられています。

 

【全ゲノム重複・オオノログ】長い生物進化過程において、希にゲノム(全遺伝子)が重複する大イベントが起こ ることがあります。これを小規模の重複(small-scale duplication, SSD)と区別して全ゲノム重複と呼びます。ヒト を含む脊椎動物では、約5億年前の初期進化において2度の全ゲノム重複が起きたことが分かっています。全ゲノム 重複により全ての遺伝子が倍加しますが、生じた2コピーの遺伝子は冗長であるため、多くの場合、1つが消失しま す。一方、全ゲノム重複後も消失せずに重複した遺伝子コピーを保持している遺伝子があり、このような重複遺伝 子をオオノログと呼びます(※オオノログは全ゲノム重複による脊椎動物の進化を提唱された大野乾博士にちなんで 名付けられました)。オオノログは最適な遺伝子数が厳密に決められている遺伝子群に多く、疾患との関連が強い など特殊な遺伝子であることも分かっています。

 

この研究は以下からみられます。  

  • Tamate, S., M. Kawata and T. Makino. (2014) Contribution of non-ohnologous duplicated genes to high habitat variability in mammals. Molecular Biology and Evolution 31(7):1779-1786 [abstract] 
     

bottom of page