多様性の適応的進化は個体群のパフォーマンスを高める
イトトンボの雌における色彩の多様性
日本で最もふつうに見られるイトトンボの一種であるアオモンイトトンボ(Ischnura senegalensis)には、雌の色彩に一見して明らかな多型が存在し、雌らしい色をした「メス型の雌」と雄に似た色彩をもつ「オス型の雌」が集団内に共存しています(図1)。このような雌の多様さは、執拗に交尾を試みる雄からのハラスメント(図2)を回避するための雌の戦略として進化し、負の頻度依存淘汰により維持されていることが知られています。また、2つのタイプの雌の割合に地理的変異があり、片方の型のみが存在するような多様度の著しく低い場所から、二つの型がバランスよく存在する多様度の高い場所まで、様々な集団が存在しています(Takahashi et al., 2014)。
図1|アオモンイトトンボの雌の色彩2型.雄はすべて緑色で、雌には青と茶色のタイプが存在.
図2|雌(下)に交尾を試みてハラスメントをする雄(上).トンボ類の雌は一度の交尾で生涯に産む卵を受精するのに十分な量の精子を得ることができるため、雌が積極的に何度も交尾をしようとすることは稀です。一方、雄は交尾の回数に比例して子孫の数が増加するため、隙あれば出会った雌に交尾を試みます。そのため、雄が雌に一方的に交尾を試みたり、追い回したりする行動(雄からのハラスメントと呼ばれます)がしばしば観察されます。このような行動が雌の産卵行動やエサ取りを妨害することで、次世代に残す子孫の数が減少してしまうことが知られています。
研究目的:種内の多様性の機能の解明 †
イトトンボに限らず、野外の生き物には、集団内に多様性や個性、個体差が数多く存在しています。このような多様さは、集団のパフォーマンス(増殖率や密度、安定性、絶滅リスクなど)を高めると考えられてきましたが、明確な証拠は得られていませんでした。そこで、私たちは、雌に色彩多型を示すアオモンイトトンボを用いて集団の繁栄の程度(増殖率や密度、安定性、絶滅リスクなど)に与える影響について、図3のような仮説を立て、野外調査と数理モデルの両側面から検証しました。
図3|雄の“好み”と本研究の仮説.雄は雌の色彩を記憶し、それを手がかりに雌を探しています。ただし、複数の色を記憶することができないため、それぞれの雄は自身の経験(特に交尾経験)に基づいて、特定の色彩の個体を異性として認識するようになります。したがって、全ての雌が同じ色をしていれば、全ての雌が雌であると認識されますが、雌に複数の色の個体が混ざっていれば、雄の“好み”も個体間でバラけることになります。本研究では、色彩の多様度が高い状態ほど、雌と認識されにくい雌(モテない雌)が増えるので、集団全体での雄からのハラスメントのリスクを軽減でき、結果として集団が繁栄する(増殖率や密度、安定性が高くなる)という仮説を立てました。
数理モデルと野外調査による検証 †
先行研究により、本種の各型の雌は自身と同じ型の雌の存在頻度(集団中での割合)に応じて、雄から受けるハラスメントのリスクが高くなることが知られていました。すなわち、多数派の雌ほど雄からハラスメントを受けやすくなるのです。また、ハラスメントを受ければ受けるほど、雌の産卵数が減少することもわかっています。私たちは、これらのことを仮定したシンプルは数理モデルを構築し、雌の色彩の多様度と個体群動態の関係を予測しました。すると、雌の中に複数の色彩型がバランスよく混在する(多様度が高い)ほど、雄が効率的に雌を探索できず、雌一個体あたりの、つまり集団全体での雄からのハラスメントのリスクが低下することが予測されました(図4)。さらに解析を進めたところ、ハラスメントの軽減の結果として、個体群の増殖率や安定性が増加し、最終的には集団の安定性や絶滅リスクを減少させることが予想されました。
雌の色彩の多様度の異なるいくつかの野外集団で、雌一個体あたりの雄からのハラスメントのリスクと、集団の増殖力、密度、安定性を調べたところ、数理モデルの予測を裏付けるデータが得られました(図4)。すなわち、片方の型しかいない集団に比べ、2つの型がバランスよく存在する集団の方が、ハラスメントのリスクが低くなり、結果として、集団の増殖力や密度、安定性が高くなっていたのです。さらに、人為的に雌の多様度を操作する実験を行なったところ、多様度を高めた集団ほど増殖力が高まることが裏付けられました(図5)。
図4|数理モデルによる予測と野外での検証.数理モデルにより、雌の色彩の多様度の高い集団(二つの色彩型の雌がバランスよく存在するとき)ほど、雌一個体あたりのハラスメントのリスクが減少し、集団の増殖率や密度、安定性(グラフ省略)が増加することが示されました。このことは、野外の集団における実験や調査によっても裏付けられています。
図5|多様度を人工的に操作した実験.野外のケージ内に、オス型とメス型を様々な割合で導入した場合、多様度が最も高くなる状況(5:5)で雌の繁殖力や生存率が最大になりました。
まとめ:多様性は集団を繁栄させる †
今回の成果は、「集団内の多様性」が集団の繁栄に貢献していることを証明しています。集団内に個性の多様性を許容・保有しつづけることには、直面する様々なリスクを分散し、集団の頑健性を高める機能が存在するのかもしれません。「多様さが生物を繁栄させる」という視点は、今後、現在の生物多様性の成立過程の理解、さらには外来種対策や生物の保全対策に生かされると期待されています。また、本成果は、生物の形態や色彩の進化がその生物の繁栄や絶滅に副次的に影響することを示すものであります。このような小進化の副産物的効果を把握することで、大進化過程や群集構造、個体群動態の理解が進むものと期待されます。
用語説明
■雄からのハラスメント
雌の生存や繁殖に悪影響を与える雄の性的な行動のこと。昆虫類の一度の交尾で生涯に産む卵を受精するのに十分な量の精子を得ることができるため、雌が積極的に何度も交尾をしようとすることは稀です。一方、雄は交尾の回数に比例して子孫の数が増加するため、隙あれば出会った雌に交尾を試みます。その結果、雄が雌に対して一方的に交尾を試みる行動がしばしば観察されます。このような雄の行動は、雌の産卵行動やエサ取りを妨害することが知られており、動物行動学や生態学の分野では、“雄からのハラスメント”と呼ばれます。このようなハラスメントは、生物の形態や行動の雌雄差の進化を考える上で、非常に重要な要因であることが知られ、近年注目されています。
■負の頻度依存淘汰
多数派が少数派よりも不利になる(損をする)という淘汰のこと。アオモンイトトンボの場合、多数派の色彩タイプの雌が多くの雄からモテやすいので、多数派の雌は雄からのハラスメントを受けやすくなり、生存や繁殖上の不利益を被ります。このような淘汰が働くと、あるタイプが増えすぎるとそのタイプは損をするので、淘汰され、割合を減らしていきます。ただし、少数派になるほどまで減ってしまえば、また勢力を拡大し、割合を高めていきます(少数派が排除されたり絶滅したりすることがなくなる)。すなわち、負の頻度依存淘汰のもとでは、複数のタイプが共存し続け、高い多様性が保たれることになります。
この研究は以下からみられます。 †
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Takahashi, Y., K. Kagawa, E. I. Svensson and M. Kawata (2014) Evolution of increased phenotypic diversity enhances population performance by reducing sexual harassment in damselflies. Nature Communications 5: 4468 [abstract]