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人類は不安やうつ傾向が高まる方向に進化した可能性

セロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質は、私たちの認知・情動機能において重要な働きを担っています。その進化的起源は後生動物まで遡るほど古く、関連遺伝子の機能は進化的に強く保存されている一方で、私たちヒトを含めた霊長類において、それらの関連遺伝子の変異が、近縁種間の社会性や攻撃性の違いに大きな影響を与えている可能性が報告されています。

 

私たちがこれまでに行った研究(Sato & Kawata 2018, Evol. Lett.)により、神経や分泌細胞内で分泌小胞に神経伝達物質を運搬する小胞モノアミントランスポーター1(VMAT1)遺伝子が、人類の進化過程で自然選択を受け、進化してきたことが示唆されました。VMAT1遺伝子の130番目と136番目のアミノ酸座位では、それぞれ、グルタミン酸(Glu)からグリシン(Gly)、アスパラギン(Asn)からスレオニン(Thr)へと、人類系統で進化したことが明らかとなっています(図1)。

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図1. VMAT1(小胞モノアミントランスポーター1)の模式図と遺伝子配列の進化。神経細胞内でシナプス小胞にセロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質を蓄える働きを持つ。人類の進化過程で130番目と136番目のアミノ酸座位に、それぞれグルタミン酸(Glu)からグリシン(Gly)、アスパラギン(Asn)からスレオニン(Thr)へ置換が生じている。

また、現代人においては、136番目のアミノ酸がIle型の人も一定数おり、Ile型の人に比べてThr型の人の方が、うつや不安傾向が強いことが報告されています。さらに、放射性標識神経伝達物質を用いてタンパク質の機能を調べた先行研究により、136番目がThr型だとIle型に比べてVMAT1の神経伝達物質の取り込みが低いことが明らかとなっています。一方で、人類進化の初期において生じた2つのアミノ酸置換(130Glu→Glyおよび136Asn→Thr)が、VMAT1タンパク質の神経伝達物質の取り込みに与えた影響は不明でした。
そこで本研究では、チンパンジーとの共通祖先から人類の進化過程で生じた可能性のある5つのVMAT1タンパク質を人工的に再現し、蛍光神経伝達物質を用いて、各遺伝子型のVMAT1タンパク質の神経伝達物質の取り込み能力を定量、比較しました。その結果、人類進化の初期においてVMAT1タンパク質によるモノアミン神経伝達物質の取り込みは低下したことが明らかとなりました(図2)。130Gly/136Thrと強い不安・うつ傾向との関連を示している先行研究をふまえると、これは、人類進化の初期において不安やうつ傾向が強まる方向に進化した可能性を示しています。一方で、その後に出現した136Ile型が抗不安傾向をしめし、頻度を増したことをふまえると、過去と現在では神経伝達に関わる経路に異なる選択圧がかかっている可能性が考えられます。本研究成果は、認知や情動機能に関わる神経伝達物質の調節機構が、人類の進化過程で独自の進化を遂げた可能性を示しており、私たちの精神的個性や精神・神経疾患の生物学的意義について示唆を与えると期待されます。
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図2. 各VMAT1遺伝子型の神経伝達物質の取り込み効率。チンパンジーとの共通祖先(左)から人類系統に至る過程で、VMAT1の神経伝達物質の取り込みは減少する方向に進化した。一方で近年(約10万年前)、新たな遺伝子型であるIle型が出現し、こちらは神経伝達物質の取り込み効率が非常に高いことから、人類進化の初期とは異なる選択圧がかかったと推測される。

この研究は以下からみられます。

Sato, D. X.Y. Ishii, T. Nagai, K. Ohashi and M. Kawata (2019) Human-specific mutations in VMAT1 confer functional changes and multi-directional evolution in the regulation of monoamine circuits. BMC Evolutionary Biology, 19:220 [Open Access]

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